努力って何だろう?

改めて考えさせてくれたのが、
羽生結弦だ。

彼はこう言っている。
「努力は嘘をつく」

努力という言葉でよく使われるのは、
「努力は報われる」

しかし、羽生はそうは言わない。

オリンピックを連覇し、世界の頂点に立ったフィギュアスケーターは、なぜ「努力は嘘をつく」という境地に達したのか?
その理由を探っていくと、羽生結弦の壮絶な生き様が見えてくる。

努力は嘘をつく

羽生が「努力は嘘をつく」と言ったのは、あるテレビ番組のインタビュー。
彼はこう続けている。

「努力が嘘をつかないんだったら、
やっぱり練習量を一番している人が、
毎回毎回優勝できると思う」

しかし、「努力」を否定しているわけではない。

「努力は嘘をつく。でも無駄にはならない。
努力の正解を見つけることが大切」

正しい努力をする必要があるというわけだ。

正しい努力とは何か?
期せずしてダルビッシュ有はこう言っている。

「なんの計画性もなく努力したところでむくわれません。
ただその失敗に気付いて計画性を持ったときに、経験した無意味な努力を無駄にするかしないかで人生大きく分かれると思います」

計画性のない努力は無意味だというのである。

予備校講師の林修もこう言っている。

「努力は裏切らないという言葉は不正確だ。
正しい場所で正しい方向で十分な量をなされた努力は裏切らない」

努力と感じている状態はまずい

「努力」については、イチローも言及している。

「努力は報われますか?」
こう問われた彼は次のように答えている。

「報われるとは限らないですね。
もっと言えば努力と感じている状態はまずいでしょうね。
その先に行けばきっと人には努力に見える、
でも本人とってはそうでないという状態が作れる。
そうすれば勝手に報われることがあるんです」

努力と感じているようではダメ。
大成する人は努力だと思っていない。

イチローはそう言いたかったのだろう。

とにかくきつい練習がしたい

世の中には、努力することが好きでたまらない人がいる。
努力しないと苦痛でたまらないという人もまれにいる。

羽生結弦はまさにそうだ。

それは彼が残しているこんな言葉からもわかる。

「とにかくきつい練習がしたい」

羽生はある試合のショートプログラムでミスしたあとのぶら下がりインタビューでこう答えていた。
「とにかく早く練習したいです」

彼の頭の中には、翌日に控えたフリーでの逆転しかなかったのだろう。

逆境や自分の弱さが見えたときが好きです

羽生はなぜ努力するのが好きでたまらないのか?

その理由が伺えるのがこの発言である。

「逆境や自分の弱さが見えたときが好きです」

そんなときは、とにかく練習する。
それが楽しくてたまらない。
だから努力する。

羽生はこうも言っている。

「期待される感覚が好き。
それはプレッシャーじゃなくて快感なんです」

もうここまで来ると、「努力」なんて言葉では言い表せない。

困難や苦しみに対する考え方が常人とはまったく異なる。
それが羽生結弦のスゴさなのだろう。

まとめ

常に高見を目指して、日々挑戦を続ける羽生結弦。
そんな彼の「努力は嘘をつく」という発言について、作家五木寛之が週刊誌でこう書いている。

「たぶん羽生結弦は、人並みはずれた努力家にちがいない。
その彼だからこそ許される率直な発言なのである。
人生は厳しい。この若さで、それを見切る視線の強さに、あらためて驚嘆せずにはいられない」

そして、こうも言っている。

「善人が不幸になり、努力家が不遇に終わるのが人生である」

「努力して成功する確率は5%。努力しなくても成功する確率も5%くらいなんじゃないか」

それは不条理なんじゃないかと責められれば、私は答えるだろう。
「そうだ、世の中は不条理なものなんだよ、と」

五木は自分が80歳を過ぎて達した境地に羽生が若くして達していることの驚きを隠せないという。

羽生結弦は果たして幸せなのだろうか。

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