「ドラえもん」には名言が多い。
その多くはドラえもんとのび太の間で交わされたものだ。

しかし、「ドラえもん」の中に登場する名言はそれだけではない。
なかでも、ファンの間で泣けると評判なのが、
映画『のび太の結婚前夜』でのしずかちゃんのパパのセリフである。

映画『のび太の結婚前夜』とは?

『のび太の結婚前夜』は1999年3月6日に公開された作品。
将来本当にしずかと結婚できるか不安になったのび太は、タイムマシンでのび太の結婚式の日へ向かう。

しかし、間違えて、結婚式の前日に着いてしまう。
そこで、しずかの家に行くと、両親とお別れパーティーを開いていた。

しずかとパパの会話が出てくるのは、そのあとである。

君はぼくらに素晴らしい贈り物を残していってくれる

しずかはパパにお別れの挨拶をしようとするが、上手く自分の気持ちを伝えることができない。

そこで、ドラえもんが「正直電波」という秘密道具を取り出す。
その電波を浴びたしずかは突然パパにこう言うのだ。

「パパ! あたし、およめにいくのやめる!!」

「わたしが行っちゃったらパパさびしくなるでしょ。
これまでずっと甘えたりわがままいったり……
それなのに私のほうは、パパやママになんにもしてあげられなかった」

すると、しずかのパパはゆっくりとこう語りかける。

「とんでもない。
君はぼくらに素晴らしい贈り物を残していってくれるんだよ。
数えきれないほどのね」

そして、こう続ける。

「最初の贈り物は君が生まれてきてくれたことだ。
午前3時ごろだったよ。
君の産声が天使のラッパみたいに聞こえた。
あんな楽しい音楽はきいたことがない」

しずかが生まれてきたときの思い出を語るパパ。
そのときの感激をこんな言葉で表現するのだ。

「病院をでたとき、かすかに東の空が白んではいたが、頭の上はまだ一面の星空だった。
こんな広い宇宙の片隅に、僕の血をうけついだ生命が今、生まれたんだ。
そう思うと、むやみに感動しちゃって。涙がとまらなかったよ」

少しぐらい淋しくても、思い出が温めてくれるさ

そしてパパは逆にしずかに感謝の言葉を述べるのだ。

「それからの毎日、楽しかった日、満ち足りた日々の思い出こそ、君からの最高の贈り物だったんだよ。
少しぐらい淋しくても、思い出が温めてくれるさ。
そんなこと気にかけなくていいんだよ」

のび太くんを信じなさい

優しく語りかけるパパにしずかはこう言う。

「あたし……不安なの。うまくやっていけるかしら」

すると、パパはしずかに、

「やれるとも。
のび太くんを信じなさい。
のび太くんを選んだ君の判断は正しかったと思うよ」

そして、その理由についてこう語るのだ。

あの青年は人の幸せを願い、人の不幸を悲しむことができる人だ

「あの青年は人の幸せを願い、人の不幸を悲しむことができる人だ。
それが一番人間にとって大事なことなんだからね。
彼なら、まちがいなく君を幸せにしてくれるとぼくは信じているよ」

現代に戻ったのび太とドラえもんがしずかの前で「君を幸せにしてみせる」と号泣して約束する。

これがしずかとパパの結婚前夜のシーンである。

まとめ

しずかとのび太が結婚することが明らかにされる「のび太の結婚前夜」。

そこには、ドラえもんの姿はない。
それはのび太がドラえもんに頼らずとも立派に大人に成長したことを観る者に教えてくれる。

「あの青年は人の幸せを願い、人の不幸を悲しむことができる人だ」

しずかのパパにこう言わせるくらい、のび太は人間としての成長していたのだ。

「ドラえもん」の作者、藤子不二雄は藤本弘と安孫子素雄の共同ペンネームであることは有名であるが、一緒に作品を描いたのは最初の頃だけだった。

以降はお互いが別々に作品を描いては藤子不二雄の名前で発表しており、「ドラえもん」は藤本の手によるものである。

藤本には3人の娘がいたが、しずかのパパに感動的な名セリフを言わせることができたのは、娘を持つ父であったことが大きいのかもしれない。

ちなみに、藤本は肝不全によって62歳で亡くなっているが、最初に異変に気づいたのは娘だった。

1996年(平成8年)9月20日、夕飯の準備を告げるといつものように仕事部屋から返事があった。
しかし、いつまで経っても食卓にやって来なかったので娘が仕事場へ呼びに行ったところ、机に向かったまま意識を失っているところを発見したのである。

机の上には『ドラえもん のび太のねじ巻き都市冒険記』の原稿があり、藤本は鉛筆を握ったままだったという。
藤本はそのまま病院に搬送されたが、意識が回復することなく3日後に息を引き取った。

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