苦労人という言葉がある。
一見ネガティブに聞こえるこの言葉にはなぜかポジティブな響きがある。
それは多くの場合、成功者に対して投げかけられる言葉だからである。
人は苦労話を好む。
しかし、それは過去形でなければならない。
たとえて言えば、暗いトンネルを抜けたあとに降り注ぐ光のように。
今輝いていればこその苦労話でなければならない。
錦鯉・長谷川雅紀。50歳。
2021年M1で頂点に駆け上がった男である。
自他共に認めるおバカなおっさん。
M1史上最年長王者となった彼には座右の銘がある。
目次
「魂は歳をとらない」
長谷川はM1での優勝後のインタビューでこう答えている。
「僕はなんにしろスタートが遅いので、自分のせいでズルズル時間がかかっちゃったと思う。
ただ、ダウンタウンの松本人志さんの名言で『魂は歳を取らない』というのがあるんですけど、おっさんだからとかそういうことじゃなくて、がんばろうっていう気持ちで。
体が動かなくなっても言葉とか使ってなんかやっていきたいですね」
彼は松本司会の「ワイドナショー」に出演したとき、こんな姿を見せている。
「松本さんの『魂は歳を取らない』という言葉が…ちょっとあまりにも…」
長谷川さんは言葉を詰まらせると大号泣したのだ。
しかし、突然真顔に戻ると、「…好きで」とあっさり言い切ったのだ。
その瞬間、スタジオは大爆笑。
これには松本も・・・
「俺あんまりテレビで泣きたくないけど、ここは俺も一緒に泣いてもええかなって思ったのに!」
「魂は歳を取らない」という言葉を糧にバカを貫く50歳遅咲き芸人・長谷川。
彼はどんな人生を歩んできたのだろうか?
「組んでみて、本当にこの人バカなことが分かった」
長谷川は1971年生まれ、北海道札幌市出身。
高校卒業後はデザイン専門学校に進学したが、半年ほどで中退してフリーターとなった。
芸人を志したきっかけは、海砂利水魚(現・くりぃむしちゅー)だった。
当時テレビで見たコントに衝撃を受けた長谷川は、1994年に札幌吉本ができたのを機に芸人に転身。
23歳のときだった。
タカアンドトシは1期出身の同期である。
長谷川は高校時代からの友人だった久保田昌樹とコンビ『まさまさきのり』を結成。
解散後は上京してピン芸人・のりのりまさのりとして活動したが、まったく売れなかった。
その後、久保田とコンビを再結成したが、鳴かず飛ばず。
長谷川は牛丼チェーン店で週5日深夜バイトを続けていた30代の10年を暗黒時代だったと語る。
再び解散したときは40歳になっていた。
そんな彼に転機が訪れる。
現在の相方・渡辺隆がコンビを組みたいと声をかけてきたのである。
コンビを解散し、ピン芸人として活動していた渡辺は長谷川の面白さに注目していたという。
ちなみに、錦鯉という芸名の由来はいい加減なものだった。
初ライブで主催者から「コンビ名を載せたいので今すぐ言ってくれ」と、渡辺に催促の電話があった。
その時たまたまテレビで『中国人が錦鯉を爆買いしている』というニュースが流れていた。
それを見た渡辺は「錦鯉で」と答えたのだという。
「この時見たニュースがたまたま錦鯉だっただけで、それが大豆のニュースだったら、コンビ名も大豆になっていた」
そんな渡辺は長谷川についてこう語っている。
「組んでみて、本当にこの人バカなことが分かった」
長谷川のおバカぶりがわかるエピソードがある。
彼は読売KODOMO新聞を購読しているというのだ。
その理由を問われ、こう答えている。
「僕があまりにも学がないのでいろいろ世間のことを知ろうと思った。
それで新聞を取ろうと思ったが、大人向けの新聞は難しいと思い、まずは子供向けの新聞から段階を踏んで取ろうと思った」
だが、そのバカっぷりが彼に味方することになる。
「もっとバカキャラにした方がいい」
渡辺とコンビを組んだ長谷川だったが、まったくウケなかった。
そんな2人にアドバイスしたのが、ハリウッド・ザコシショウだった。
「もっとバカキャラにした方がいい」
そこで、ある日のライブで長谷川が素のままを出してみると、バカウケしたのである。
それ以降、長谷川はバカキャラを前面に出すようになった。
錦鯉の漫才は、登場した長谷川が「こ~んに〜ちは~!!」と大声で挨拶して始まるが、これもザコシショウの助言を受けたものである。
そして、渡辺がツッコむ。
長谷川「こ〜んに〜ちは〜!!」
渡辺「うるせぇな!」
長谷川「頭が良くなる本を買ったよ!」
渡辺「早く読めよ!」
最初からいきなりバカキャラを押し出すことで客をつかむ。
今のスタイルはこうして生まれたのである。
長谷川はこう言っている。
「(渡辺が)ネタにツッコんでいたのが、自分のキャラにツッコむようになった」
「はっきり言ってしまえば何も考えていなかった」
50歳にして大ブレイクした長谷川。
インタビューでよく聞かれる質問がある。
「ここまで続けてこられた秘訣は何ですか?」
彼はこの質問にこう答えている。
「はっきり言ってしまえば何も考えていなかったんです。
真剣に考えていたら、将来のことを見据えて芸人を辞めていたと思うんですよ。
親のこと、結婚のこと、子供のこと、体のこと、いろいろあるじゃないですか。
そんなことを考えずに、ここまでこれたから続けられたんです」
「なるようにしかならない、できないものはできない」
長谷川は今後の抱負についても、
「なるようにしかならないというか、できないものはできないんで。
でも一生懸命やっていくみたいな」
相方の渡辺も言う。「それでいいんですよ。俺たちなんか」
バカなおっさんの魂は歳を取らない。